12 décembre 2006

最近読んだ本から。― 「完璧なる調和」 (冬の犬/アリステア・マクラウド 中野恵津子訳 収録)

 
カナダ東端、スコットランド移民が多く住むケープ・ブルトンを舞台に、厳しい風土のなかで生きる人たちの哀切を描いた短編集。ケープブルトンと言やあスコティッシュ系トラッドの名産地。出てきます、生トラッド・シンガー。登場人物喋ってます、ゲール語。

 なかでも「完璧なる調和」という短編が心に深く刺さりました。主人公は若いころに妻子を事故で亡くして独りで暮らしてきた78歳の老人(←で、トラッド・シンギングの名人)。遠くの都会のテレビ局が移民関連の全国イベントで歌うトラッドシンガーをスカウトにケープブルトンにやってきて、主人公の一族もオーディションを受けさせられる(ここで、一族ごとに歌を伝承して歌い継ぐ、という営為がフツーに行われているさまが描かれ、ちょっと感動します)。

 オーディションの風景。
 「…音楽にそんな力があったとは自分でも忘れかけていたというように、アーチボルドは歌の世界に引き込まれていた。彼の声があまりにも力強く、はっきりとよく通って他を圧倒するので、他のメンバーの声が途切れ始め、やがて静かになった。」
 すごいシーンです。圧巻です。本ではこのあとゲール語の歌詞が原語で書かれていて、思わず音読して味わってみたくなりますが、読めません、ゲール語。
 でも読み進んでいくと、その歌詞は愛するものを失った痛みを歌う悲痛なものであることが明かされます。いっぽう、ゲール語を解さず歌詞の意味などどうでもよいプロデューサーは彼のこの歌が気に入り、イベントで歌わせようとしますが、出演するならもっと短く、明るく歌えと要求します。出演には一族の臨時収入とおかかえ旅行がかかっているので主人公は苦悩しますが、そんなある夜、先立った妻が夢枕に立って歌う夢を見て、やはり自分の想いに悖る歌い方はできないと出演を辞退する決心をするのでした・・・。

 この短編を読んで思ったのは、わたしたちがCDで聴いているトラッド=伝承歌の歌詞というものが、それを数百年にわたって歌い継いできた人たちそれぞれの一人称、二人称のパーソナルな思いを何代にもわたって染み付かせ、そして古い家や道具のように次の世代に手渡されてきた、重くて深いものであるということ。それが持つ力はまさに日本語で言う「言霊(ことだま)」というものなのでしょう。

 また、ケルトの人々にとって伝承歌を歌うという営為は、趣味とか文化活動なんてものではなく、家畜の世話や料理などと同列の、まさに生活の一部として普通に為され伝えられてきたものなのだなということを改めて感じました。

 この短編を読むと、いままで聴いてきたトラッドのアルバムも、国籍を問わずあらたな深みが感じられる気がいたします。
ちなみに裏表紙で推薦文を書いてるのは池澤夏樹。さもありなん、内容も文体も池澤ファンにおすすめです。

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