Late night jazz / Chet Baker (Egil Kapstad〔pf〕についても)

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去年だったか、この「コンピレーション」アルバムがSpotify 他のストリーミング配信サービスに新ネタとして上がったのですよ。
チェット関連のストリーミングはすでにこれまでもオリジナル盤以外に謎の編集盤やタイトル違いなどが無限に入り乱れ爆発しており、どれがオリジナルアルバムなのかすらわからない無政府状態で大変だったのだが、これもそんなのかなと思いつつ、ジャケ写のチェットもカッコいいしちょっと聴いてみた。

まず一曲目、おっとSkylarkだ。
チェットは、少なくともわたしが音源をいろいろ集めて把握している70年代以降は、この曲は吹き込んでいない。いや、検索したらサー・ローランド・ハンナのアルバムに一曲だけ参加してこの曲を吹いていることがわかった。(ネットを捜してみたがこの録音が聴けるとこはどこにもない。)でもピアノがずいぶんきれいでお耽美な感じで、ローランド・ハンナってこういう芸風じゃないよなあと。
2曲目、If you could see me now.この曲もわたしの知る限り若い頃50年代の録音しかないはず。しかもギターが入っている。クレジットにはフィリップ・カテリーンとあり、彼独特のさざ波奏法や音色からどうやら間違いなさそう。しかしカテリーンはチェットとはピアノ入りでのスタジオ録音はないはずだしこの曲も演ってないはずだ。

以下How high the moon、Makin’ whoopie と、やはりこれまでカテリーン入りの録音はおろか、チェットが70年代以降は吹き込んでいない曲が続く。検索してもこのアルバムしかでてこない。なんなんだ、ていうかホントにチェットかこれ、と疑いさえした。

しかし中には心当たりのある曲もある。BlåmannBlåmann はノルウェーの民謡のアレンジだ。
これが収録されているアルバムはチェットの死の2か月前1988年2月にノルウェイはオスロで録音された、Jan Erik Vold というおっさんの詩の朗読のバックにチェットとノルウェー人ジャズメンの演奏が流れるという不思議な作品。
これがしかし、ほんとに朗読のレコードなので、ノルウェイ語が分からない人はもちろん、どんなにチェットが好きでチェットの演奏ならなんでも聴いておきたいと思う人でも聴き通すのはたいへんな苦行であるというおそろしい代物であり、わたしもまともに聴き通したことはなかったのである。
(朗読部分を英語に差し替えた別ヴァージョンも「Telemark blue」のタイトルでリリースされている)

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...待てよ、改めて調べてみたらこのアルバム、カテリーンが参加してる。
もしやと思ってこの苦行アルバムを、バックの演奏に集中して聴きなおしてみた。
あっ!タイトルぜんぜん別のになってるけどこれSkylarkだ。
Makin' whoopieもHow high the moonもあるぞ!ぜんぶ同じ録音だ!

これで謎が解けた。「Late night jazz」は:
・1988年作「BlåmannBlåmann 」からおっさんの朗読トラックを抜いて演奏のみにしたアルバム。
・曲はピアノのEgil Kapstad のオリジナル以外、大半はSkylarkほかのスタンダードナンバー。しかし各曲のタイトルは朗読する詩のタイトルに替えられている(このためにややこしくなって悩まされた)。

そういうことだったか。
まあ当時のチェットは幾枚の素晴らしい演奏を残した一方で、ヤクを買う金のためならどこでも誰とでも仕事を選ばない面もあっていかんともしがたい録音も少なくない。
このアルバムはもとより朗読のバックに流すための録音であるからあまり力を込めてはいけない雰囲気があっただろうし、チェットの演奏も覇気があるとは言い難い。がしかし、しっとりとしたバックの演奏と一体になって、チェットのアルバムに通底する、「静寂と共存するあの響き」が立ち上がってくるのは確かである。
また70年代以降に録音していない曲も多く収録されており、コレクター的にはありがたい。未発表のアウトテイクのおまけも付いている。いちど聴いてみて損はないであろう。
なにより、演奏を聴きたいジャズファンには邪魔なだけだった朗読を抜いてチェットとカテリーンの新たな音源として作り直し世に送り出してくれた人には、どこのどなたか存じませんがお礼を申し上げたい気分だ。

ピアノのEgil Kapstad の耽美的なコード使いは、チェットと組んで名盤を残したハロルド・ダンコやミシェル・グレイエにも匹敵するものがある。まずはSkylark 聴いてみなさいよ。
Kapstad の演奏をもっと聴いてみたいと思って調べてみたが、個人名義の作品は多くはない。ジャズを越えた多方面での作曲家としてノルウェーでかなりの名声を得ていた人のようだ。
どういうわけか朗読のJ. E. Vold との共演アルバムがさらに何枚もある。しゃべるな、せめて歌でも歌え!と突っ込みたくなる。

ストリーミングでも聴けるトリオ作「Remembrance」なんて、演奏からコンポジションからもう身も心もビルエヴァンス、もしくはプレイズエヴァンス守護霊feat. 大川○法状態で「スウ...ビルエヴァンスです」という感じで、もっとこんな感じの録音を残してほしかったと思うけれど、本人はすでに2017年に他界しているのであった。
(このアルバム収録の「Remembrance of Eric Dolphy」は「Late night jazz」の「The bird from Kapingamarangi」と同じ曲。「Remenbrance」は1994作だから、チェット没後にドルフィーにお下がりで捧げたという見方もできる。ちなみにKapingamarangiとはミクロネシアの地名だそうな。)

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