15 octobre 2017

村田

高速の村田ICはしょっちゅう利用しているけれど村田の旧市街に足を延ばすことはなかなかない。震災で土蔵の壁が崩落するなどかなりの被害があったと聞いていたが、久しぶりに訪れてみたらすっかり修復を終えて元の風情を取り戻していた。
















元祖ダイソー(違う)

10 octobre 2017

2007年 金沢で街歩き(ポタ)

10年前の話つゞき。
鳥取から各停を乗り継いで芦原温泉まで来た翌日、金沢の街に向かう。
レンタサイクル(ママチャリ)で茶屋街をポタポタと。
茶屋街も3つあるのだけれどどこがどれだか覚えちゃいねえ。

こっちは有名なひがし茶屋街



中が見学できるところも。



歴史的町並みよりやはりこの手の昭和レトロに惹かれるのだった。

コールドパーマ(死語)



こっちがたぶんにし茶屋街




このあと小松空港から仙台に飛んで帰り、小さな旅もおしまい。

6 octobre 2017

2007年 鳥取から金沢へ

もう10年も前、岡山の学会に参加した帰りに金沢に寄って帰った小旅行の記録。

岡山から鳥取まで特急で行ってまず一泊。


鳥取はカニが安い。デパ地下でこれが500円だった(2007当時)


一日かけて各駅停車のみの乗り継ぎで金沢に向かう。浜坂、城崎、福知山、綾部、東舞鶴、敦賀、福井で乗り換えて8本の乗り継ぎ。

山陰本線は車窓がエクセレント










乗り換えで時間があれば途中下車して駅の周りをぶらぶらとか。

普段見慣れない車両にコーフンする。でも北陸本線に入ると車窓もつまらなくなり写真も撮ってない。


芦原温泉に泊まる

やっぱりカニ。


25 septembre 2017

Calisaya / La Cangola Trunca -


 最初は「おおベトカレの新プロジェクトか」と思うような歌、と思ってるとバンドネオンが入ってきてキレッキレのエスノジャズロックに突入、したかと思えばコテコテのフォルクローレがぶち込まれてきたり、かなりぶっ飛んだ、しかし最近のアルヘンチナに共通する美的感覚に溢れた衝撃のクロスオーバー。圧巻は最後の曲。謎のチャルメラと太鼓が暴れる土俗宗教のお祭りチャントと、アギーレかメセニーかという美麗アンサンブルが交錯する無茶すぎる11分。プログレさんもいらっしゃいの音。

23 septembre 2017

2015 チェコとオーストリア自転車ふたり旅 CZ&AU Day3

ヴラノフ・ナド・ディイからドローゼンドルフ(オーストリア)
Vranov nad Dyji - Drosendorf (AU)

国境沿いにちょっと走って、オーストリアの小さな街に泊まる。



朝起きると窓からヴラノフ城がどどーんと。

しかし行ってみたら休館日で中に入れず

きょうも強い向かい風(ときどき小雨)と肌寒さのなか国境に沿って走る



道沿いにはリンゴ並木。落ちてるのは拾ってもいいらしい(クルマで乗り付けてバケツで持ってく地元の人もいた)。別の道ではプラムも食べ放題。

歩行者専用のめっちゃカジュアルな国境。橋の向こうはオーストリア、こっちはチェコ。

当初スラヴォニツェまで走るつもりだったが、天候と体調がちょっとしんどいのでオーストリアに入ってドローゼンドルフの街に早々に投宿して休養することに。
どどんと町役場

なかなか趣のある街並み

ツーリストオフィスがあるかと思ったら無人のブースに地図やパンフが置いてあるだけだった。宿は2軒あるようなので手近な方に行ってみたらバイトらしいねえちゃんが帰り支度しながら「きょうは休み」とかいうのでもう一軒の、カフェに付属した宿 Hotel-Garni Penzion Schneiderに投宿。

近くのレストランで遅い昼食(ていうか昼酒)をとる。

食事できる店は町で3軒、他は宿のカフェ(軽食だけ)ともう一軒のホテル(本日休業)、あとはこの店だけだったので必然的に晩ごはんも同じ店。


おいしかったし居心地もいい店だった


 < Day2           Day5 >

21 septembre 2017

高畠 青井流とその向こう Takahata, Yamagata 

県道楢下高畠線から岐れて大師岩(奇岩怪石と洞窟に安置された500体近い石仏の景勝地)に向かう道の先、かつての青井流(Aoinagare)集落跡まで登り、謎の広域農道で下ってくる周回コース。登りに備えてTern P24hで出動。(2017.6)





高畠の街から味のある建物を味わいつつ走る。言わずと知れた米鶴酒造。


二井宿の街の入り口にある旅籠跡


二井宿

楢下に向かう県道の裏道を辿る

中集落にある大社(Oyashiro)神社

大師岩の遊歩道入口にキャンプ場があるが誰が泊まるんだろうか。トイレも水道も使用不能だった。なにせテントサイトに平坦な場所がない。

人家も途切れ杉林のなかをじわじわ登る

青井流集落跡。戦後に開拓されたが昭和50年代には廃村になったらしい。現在は牧草地があるのみで住居などの名残は皆無。廃屋?が一軒あるが周囲の農地の作業小屋として使われているようだった。

青井流から先は広域農道が続く。通行止めのバリアが申し訳程度に置いてあったが地元の車は通る。草は伸び放題で土砂流出箇所もあったりで放置されている。

山腹をぐるっとトラバースして下ってくる豪快な道で眺めもいいが、青井流にだれも住んでいないし下り沿いに農地もない。となると何のためにあるのかわからない道。

下りてきて蛭沢湖沿いの道に。ここも工事中で車両は通行止めだった。

置賜自転車道に辿りついて街へ戻る